AIはとても便利で、私たちの業務を助けてくれる素晴らしい技術です。ただ、使い方を一歩間違えるとトラブルの原因にもなります。特に保育の現場では、子どもたちの情報や権利、各家庭の情報を守るために、細心の注意が必要です。
この章では、国が出している【こども家庭庁「生成AIの導入・活用に向けた実践ハンドブック」】の内容も踏まえ、AIを安全に、そして賢く使うための大切なポイントを分かりやすく解説します。
【最重要】まず守るべき3つの大原則
AIを使い始める前に、必ず押さえてほしい3つの重要なルールがあります。
原則1:子どもや家庭の個人情報は、絶対に入力しない
これが最も大切なルールです。保育園では、子どもたちの名前、生年月日、写真、発達の記録、家庭環境など、非常に多くの個人情報を取り扱います。
なぜダメなのか?
- 情報がもれる危険性: インターネット上のAIに入力した情報が、外部に漏えいする可能性はゼロではありません。また、一度漏れた情報は、取り戻すことができません。
- AIが学習してしまう可能性: 入力した情報が、AIの学習データとして使われると、他の人の質問への回答として、意図せず情報の一部が表示されてしまう危険性があります。
- プライバシー侵害: 子どもたちや保護者のプライバシーを、深刻に侵害する恐れがあります。
OKなこと・NGなこと 具体例
OK!! (個人を特定しない一般的な質問) | NG!! (個人情報や園の機密情報) |
「5歳児が楽しめる、雨の日の室内遊びのアイデアを5つ教えて」 | 氏名、生年月日、住所、電話番号、アレルギー情報、写真、動画、メールアドレスなど |
「保護者向けおたよりに使える、春の時候の挨拶を考えて」 | 「Aくん(4歳)が、お友達のBちゃんと玩具の取り合いで喧嘩になりました。保護者への伝え方は?」(個人が特定できるエピソードなど) |
「食育だよりのテーマで『野菜嫌いを克服するヒント』の記事を書いて」 | 園の会議・研修などの議事録(特定の職員や園児の名前が入ったもの) |
「運動会の3歳児クラスのダンスに合う曲のアイデアを教えて」 | 子どもの発達に関する記録、健康状態、既往歴、家庭環境や家族構成、保護者の職業など |
要約や文章化をさせたい時:どうしてもAIに手伝ってほしい時は、必ず個人情報等を消して一般的な言葉に置き換えてから、入力しましょう。
- 悪い例: 「〇〇ちゃんが給食を残すので、保護者面談で伝える内容を考えて」
- 良い例: 「ある園児が偏食で困っています。保護者に家庭での食事の様子を尋ねる際の、丁寧な言い回しをいくつか提案してください」
原則2:AIが作ったものをうのみにしない(必ず人間の目でチェック!!)
AIは、時々もっともらしい「ウソ」をつくことがあります。これをハルシネーションと呼びます。AIは学習した膨大なデータから「それらしい答え」を生成する仕組みのため、事実と異なる情報や、存在しない制度・法律を答えてしまうことがあるのです。
チェックポイント
- 事実確認: 法律や制度、医学的な情報などは、必ず省庁の公式サイトや公的な資料で裏付けを取りましょう。
- 偏った表現はないか: AIの学習データによっては、性別や文化に対する偏った考えが反映されることがあります。「料理をする人は女性」というようなイラストが生成されるなど、固定観念を助長する表現がないか確認し、修正しましょう。
- 不適切な内容はないか: 子どもたちに見せるコンテンツに、不適切な言葉や表現が含まれていないか、必ず職員の目で確認しましょう。
原則3:著作権を意識する(誰かの作品を勝手に使わない)
AIが作った文章やイラストも、「著作権」という権利が関係してきます。
基本的な考え方
- AI自体に著作権はない: 現在の法律では、AIが自動で生成したものに、そのまま著作権は発生しないと考えられています。
- 利用は自己責任: しかし、AIが学習データにした元の作品(ネット上のイラストや文章など)とそっくりなものが出来てしまう可能性があり、それを知らずに使うと、他人の著作権を侵害してしまうリスクがあります。
- 利用規約を確認する: AIツールごとに、作ったものの利用範囲(商用利用OKか、園だよりのような配布はOKかなど)が規約で定められています。必ず確認しましょう。
保育現場での注意点
- 「たたき台」として使う: AIが作った文章は、そのまま使うのではなく、あくまで下書きとして、自分の言葉で書き直しましょう。
- 固有名詞を入れない: イラストを生成する際は、「(特定のキャラクター名)風のイラスト」のような指示は避けましょう。著作権侵害のリスクが高まります。
- 迷ったら使わない: 園のポスターや配布物など、外部の人の目に触れるものにAI生成イラストを使う際は、著作権フリーの素材サイトを利用する方が安全な場合も多いです。
著作権に関するその他の具体例
- お祭りやバザーなどの出店で、キャラクターを利用した物を売る場合。
- 地域のお祭りや発表会に報酬を得た上で参加し、特定の楽曲を無断で利用する場合。
- 絵本(著作物)の読み聞かせ動画を、インターネット上で公開した場合。
上記の具体例は、AIとは直接関係ないですが、著作権に関連して紹介しました。いずれの場合も、著作権侵害になる可能性があるものですが、あり得る場面・これらに近いことは、あるのではないでしょうか。”もしかしたら”と思ったら、一旦立ち止まるのが賢明です。
セキュリティに関する注意点と園でのルール作りのポイント
AIを安全に利用するためには、著作権や個人情報保護に加えて、基本的なセキュリティ対策も欠かせません。また、園全体で安心してAIを活用できるよう、ルール作りをすることも大切です。
個人でできるセキュリティ対策
- パスワード管理の徹底: AIツールを利用するためにアカウント登録が必要な場合、パスワードは他のサービスと使い回さず、複雑なもの(大文字・小文字・数字・記号を組み合わせるなど)を設定しましょう。
- 不審なメールやサイトに注意: AIを騙ったフィッシング詐欺(偽のメールやサイトで個人情報をだまし取る手口)も考えられます。提供元を確認し、怪しいリンクは絶対に!!クリックしないようにしましょう。
- ソフトウェアを最新の状態に保つ: パソコンやスマートフォンのOS(基本ソフト)やセキュリティソフトは、常に最新の状態にアップデートしておきましょう。
- 公共のWi-Fi利用時の注意: カフェなどの公共のWi-FiでAIツールを利用する際は、情報が盗み見られるリスクがないか注意が必要です。重要な情報のやり取りは避けるか、信頼できるネットワーク環境で行いましょう。
- ローカル環境で使えるAIツールを検討する: AIツールの中には、インターネットに接続せずにパソコンの中だけで動作するものもあります。機密性の高い情報を扱う場合は、そのようなツールを利用するのも選択肢の一つですが、それでも情報の入力は、慎重に行なってください。
園でのルール作りのポイント
AIを導入する際には、個人の判断だけでなく、園全体で共通認識を持ち、ルールを定めて運用することが非常に重要です。
- 利用目的と範囲の明確化
- どのような業務でAIを利用するのか(例:書類作成の補助、アイデア出しなど)
- どのAIツールを利用して良いのか(園として推奨するツール、禁止するツールなど)
- 個人情報・機密情報の取り扱いルールの徹底
- AIに入力してはいけない情報のリストを作成し、全職員で共有する。
- 万が一、個人情報を入力してしまった場合の報告・対応手順を定める。
- 著作権に関するルールの確認
- AI生成物を利用する際の注意点(商用利用の可否、クレジット表記など)を周知する。
- 生成物を園の成果物として利用する際の確認プロセスを設ける。
- セキュリティ対策の共通認識
- アカウント管理のルール(パスワード設定、共有の禁止など)を定める。
- 不審なサイトやメールへの対応方法を共有する。
- AI利用に関する研修の実施
- 全職員がAIの基本的な知識、正しい使い方、リスクについて理解できるように、定期的な研修の機会を設ける。
- 成功事例や失敗事例を共有し、学び合う場を作る。
- 相談窓口の設置
- AIの利用で困ったことや、判断に迷うことがあった場合に、気軽に相談できる担当者や窓口を決めておく。
- 定期的なルールの見直し
- AI技術は日々進化しています。園の利用状況や社会情勢に合わせて、定期的にルールを見直し、改善していくことが大切です。
これらのルールは、園に関わる全ての人たちのことを守り、安心してAIという新しい道具を活用していくためのものです。みんなで話し合い、園の状況に合ったルールを作っていきましょう。
AIは、正しく使えば保育の現場を大きく助けてくれる心強い味方です。
ただ、その活用には【著作権・個人情報・誤情報】の3原則+【セキュリティ】という4つの視点を常に意識することが大切です。
これらを意識して、いよいよ実践に…といきたいところですが、もう一点だけ大切なことがあります。それは、AIは適切な指示(プロンプトと言います)がないと、思ったような結果が得られないというものです。次ページの【「お願いの仕方(プロンプト)」完全ガイド】で、紹介していきます。是非、こちらも読んだ上で、AIの力を最大限に引き出して役立ててください。
参考資料・引用元集
以下は、この章を書くにあたって、参考・引用した資料になります。いずれも国や公的機関から出されているものです。更に調べたい、知りたいという方は、これらの資料をご活用ください。
【こども家庭庁「生成AIの導入・活用に向けた実践ハンドブック」】
(※量が多いので、リンクから入って見てみてください)
①生成AIに入力した個人情報やプライバシーに関する情報が生成AIの機械学習に利用されることがあり、生成AIから回答として出力されるリスクがある。また、AIが生成した回答に不正確な個人情報やプライバシーに関する情報が含まれるリスクもある。
② 上記の点を踏まえ、学校教育においては、子供達が校内や家庭で利用する場合、教職員が授業や校務等で利用する場合のいずれにおいても、以下の点に留意することが必要。
生成AIに指示文(プロンプト)を入力する際は、個人情報やプライバシーに関する情報を入力しない。(以下省略)令和5年7月4日 文部科学省 初等中等教育局
『初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン』より一部抜粋
生成AIによる生成自体は、個人が私的使用の目的で生成する場合(著作権法第30条第1項)や企業・団体等の内部において、権利者から許諾を得て利用することを前提に、検討の過程において生成する場合(同法第30条の3)は、これらの権利制限規定の範囲内であれば、権利者の許諾なく適法に行うことができます。
これに対して、AI生成物の利用(インターネットでの配信、複製物の譲渡等)については、
権利制限規定の範囲外となる場合が多いと考えられます。
そのため、AI生成物の生成自体は適法に行える場合でも、生成物を更に利用しようとする場合は、著作権侵害を生じさせないか確認(3-1-5も参照)することが必要です。
著作権侵害の要件としては、既存の著作物との「類似性」及び「依拠性」の双方が必要です。そのため、既存の著作物との関係で「類似性」がないAI生成物については、その利用について、著作権法上、特段の許諾を得ることは不要です。
そのため、AI生成物については、その利用に先立って、まずは既存の著作物と類似していないかを確認することが必要です。
(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。(以下省略)著作権法 第三十五条 より抜粋
(※上記のその他の教育機関には、幼稚園と同等の教育を行う機関として保育所、公民館や社会教育施設なども含まれます)
当ブログサイトがWebアプリではなく、日本国内で最も普及しているOS WindowsのExcel上で動作する、”VBAツール(マクロ)を無料配布する”という方法をとっているのもこのためです。機密性の高い情報を扱いつつ、業務効率化を図りたい場合は、各園のパソコン内で完結できる方法(ローカル環境)をとるのが最善と思い、そのようにしています。
ただ現在は、セキュリティ管理が整っているICTを利用し、そのICT会社が提供している、AIを使っている園もあるかと思います。各園ごとの状況に合わせ、ICTとAIをうまく使いこなし、保育業務効率化につながれば、それが一番だと思います。そんなICTとAIの使い分けや、それぞれの特徴に関する記事【AI×ICT① AIとICTの違い・どう使い分ける? 保育の未来とテクノロジー】もありますので、そちらも読んでみてください。